指から飛び出てきたものを繋いでつじつまを合わせていく感覚、ラップっぽいのだろうか。昨日背筋沢山した。今日は腕を広げた腕立て伏せで、胸の筋トレ。0円趣味。
関心が薄いことの方がうまくやれるのは良くある不思議な現象だと思う。なんでも上手くやれるのに愛するものだけ上手くいかなかったり、その熱量が周りの空間との摩擦を生んでしまうのだろうか。それが続く時、そのまま摩擦を生みきるだろうか。それともなんとなく合わせていくのだろうか。その間のグレーな部分にあろうとしよう。なんでも、一生懸命向き合った分の何かが掴めるはずだね。というのは、何も根拠のない信仰のようなものなのかもしれないけど、それでいいのかもしれない。いや、いいと思う。思い切ったりすることで偏ることを恐れるが私は偏っていないという考えは傲慢であり、世界の平均値みたいなものは数字としてだせるかもしれないが世界的に平均な人なんてどこにもいないし、それなら自分もそうでないということ。この、宙ぶらりんにされた気持ちはいつまでも抱えて生活していかねばならないのだろう。それを悪いことと考えず、ただそういうものとして受け入れていく。
ただ、寄る辺はいくつか必要だと思っている。何もかもからずれて、ただボーっとしていることなんて誰でも難しい。絵を描いた、できた、だからなんだというのもあるかもしれないが、そういうこと一つ一つを大切にすることが気持ちの寄る辺を増やしていくことにつながるはずだ。なんだか真面目な日記になってしまった。明日は腹筋をする。その前に一枚絵を描く。
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