生活に白けない技術が必要だと気づく。それが無いから、娯楽が好きなのか。どこかで消費する娯楽では足らず、生産する娯楽になってきた。視覚を満たしたいという欲求や隙間を埋めたいという欲求や今なにかやってみたいという欲求が混ざって新しい痕跡ができる。この欲求のカクテルはなんなのか。今の人間のあり方が動物としてのあり方として歪なんだと思う。猫が走り回ってたりするのになにか、深い意味を求めるが、案外走りたいから走っているだけなのかも。あんまり人間はそれができない。走ることに理由が必要だと考える人が沢山。健康の為、間に合わないから、マラソン大会にでるとか。
今日は一日の途中でゴールデンウィークだと気づいた。なんとなく街並みの雰囲気も違ったからだ。路上でレッドホットチリペッパーズのコピーをやっている人たちがいてすごく良かった。ちょっとだけ踊った。can't stop addicted to the sinding. 世の中の連休といえば私にとっては昔から、忙しい日であるのだ。 世間はなんとかですねえと言ったり思ったりする時、狭く思うならそこは世間の外側、広くいくなら内側である。で、最近は内側にいるなと思っている。 iPhoneにデフォルトで内蔵されているgaragebandという音楽の打ち込みができるアプリがあるのだが、昨日今日とそれで少し遊んだりした。無料なのにあんなこともこんなこともワンタッチでできて、なんだか自分がすごい音楽をやっている人みたいな気持ちになった。気づいたら時間がたってて、気持ちはスクリレックスだったね。て、garagebandがすごいだけなのだが。少しDTMをやることに興味が向かっている。ゲームボーイを改造して色んな線をつなぎ、音楽をやったりするやつをやりたい。 楽器のビジュアルに対して多くの人が何か特定のイメージを持っている訳だけど、例えばこれがそもそもは楽器でないものを楽器にした時にどんな音楽が生まれるか、あるいは生もうとするか。そこにはそもそものイメージがない。イメージがないものをやる時に新しくイメージを生もうとしたり、ビジョンを改めて考えたりする必要に迫られるのではないか。抽象的な日記になった。
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