花粉で鼻詰まりが酷く、ほとんど眠れなかったので、やっぱり花粉症の薬を買いにいこう。一体私が花粉に何をしたというのだ。花は好きだけど、花粉は嫌いだよ! でも、花粉があるから花があるのだ。何事も自分にとって都合よくはできていない。
昨日描いた日付の絵、最初のがあまりよくなく見えたので2枚目も描いてみた。ふむ。時間をかければ良いというわけでもないのだな。描きこみたい気持ちもあるが、もう少し線を少なくしたいという気持ちもある。線が少ないということでいうと、書道が気になる。西洋にも書道があるのだろうか。聞いたことがない。アルファベットなど、文字自体が少なく、文字自体の画数が少ないこともあると思う。それに比べると、漢字は数も多く、画数も沢山あり、複雑な形をしていて書きがいがある。覚えるのは大変なのだが。こんなに漢字が多いのを見ると、漢字が発明される段階で、これは難しすぎる、止めようとか、そういう話にはならなかったのだろうか。いや、この漢字でしか表現できないものがあるのだという何かがあったのだろう。不意に私が漢字というものをそれなりに使いこなしている人間だということに気づく。詳しくないが、漢字は中国由来である。中国の昔の絵、山水画、水墨画など、なんとなく書道を感じさせる、そして、西洋のデッサン的な絵に比べると線が少ない。色も少ない。日本の江戸時代に発展した浮世絵も、線が少ない。色は多いが、細かい陰影的なものは少なく、結構ざっくりしている。形もざっくり目で、輪郭線がはっきりしているものが多い。しかし、稚拙さのようなものを感じることはない。これはこれの世界としてはっきり存在して魅力を放っている。ガラパゴス的に成長したものの魅力というのが気になる。今の時代はすぐに周りの影響を受ける。それは良いことも多いのだが、独特のやり方を育みづらいということにもなる。
花粉で満身創痍なので、なんだか何書いているかわからなくなってしまった。早く薬局開いてくれー。
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